大阪地方裁判所 昭和46年(保モ)305号 判決 1974年3月06日
申請人 塚本治
<ほか一六名>
右代理人弁護士 須田政勝
同 大川真郎
同 戸谷茂樹
同 田中清和
同 酉井善一
同 徳永豪男
同 石川元也
同 片山善夫
同 寺沢達夫
被申請人 株式会社吉田鉄工所
右代表者代表取締役 吉田一夫
右代理人弁護士 竹林節治
同 阪口春男
主文
当裁判所が、申請人と被申請人間の昭和四五年(ヨ)第二、四八四号仮処分申請事件につき、同年一一月一七日なした決定中申請人勝訴部分はこれを認可する。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、選定者らが会社の従業員であって会社に結成されている分会の組合員であること、会社が従業員約四七〇名を有し、肩書地に本社を、東京、名古屋、広島に営業所を奈良に工場をもち、主としてボール盤の製造販売を業とする株式会社であること、分会のほかに会社には吉田労組が結成されていることは当事者間に争いがなく、吉田労組の組合員数が三九二名であることは被申請人において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。
二、そして、会社が吉田労組との間で、昭和四五年六月一二日同年度の夏期一時金に関し後記(1)記載の内容の協定、同年五月七日同年度の春期賃上げに関し後記(2)記載の内容の協定をそれぞれ締結したことは当事者間に争いがない。
(1)、夏期一時金
(イ)、支給額 基本給×一九・一四+二、六二三円×勤続年数+一万六、四二五円(一律分)+七万三、九一二円(考課分)
(ロ)、支給日 同年七月一〇日
(2)、春期賃上げ
(イ)、支給額 基本給×〇・〇三四×二五日+五五〇円+年令是正+年功是正+七、七〇〇(考課分)
但し、年功是正は勤続年数一年につき一二万四、五七九円とし勤続一五年を超えるものは一年を三分の一年として計算する。
年令是正については一五才~二四才は三五三円、二五才~二九才は六〇一円、三〇才~三四才は八一三円、三五才~三九才は九五四円、四〇才~四九才は一、〇六〇円、五〇才~五四才は九五四円、五五才~六〇才は八一三円として計算する。
(ロ)、実施日 同年四月分から
申請人は右(1)、(2)の協定は労働組合法一七条により選定者らにも拡張適用されるべきものであり、したがって右各協定所定の方式で算出した一時金および賃上額の請求をする旨主張するので、協約の適用の有無について判断する。右(1)、(2)の協定が分会員である選定者ら一七名を除く吉田労組の組合員三九二名と非組合員の従業員に適用され、右各協定所定の方式で算出された一時金および賃上額の支給を受けていることは当事者間に争いがないから、その数は同社の労働者の四分の三を超えていることが明らかである。
そうである以上、右(1)、(2)の協定は労働組合法一七条により、選定者らにも適用されると解するのが相当である。
被申請人は、選定者らが労働組合を結成しているので組合の自主性を尊重する見地から選定者らに右各協定を適用すべきではない旨主張するが、労働組合法一七条は四分の一に満たない労働者が組合を結成している場合には、同条の適用を除外する旨の明文の規定をおいていないし、また右の少数組合が多数組合の締結した協約よりも、さらに有利な内容の協約成立を目的として団体交渉、団体行動をとることは自由であるから、多数組合の締結した協約の内容が少数組合の既有の権益を侵害するものでないかぎり、多数組合の協約を少数組合に適用しても、少数組合の自主性を奪うことにはならないものというべく、かえって拡張適用の余地を残しておくと力関係で弱い立場に立たされた場合の少数組合に多数組合の協約の限度までは保障することになり、実質的にみた場合の自主性尊重に適すると思料されるから、被申請人の右主張は採用できない。
三、ところで、申請人は前記(1)、(2)の協定中考課査定分については会社が不当に査定をしない場合はその平均額を請求しうる旨主張するのに対し、被申請人は右考課査定分は会社の従業員に対する個別的な査定によってはじめて具体化するものであるから会社が右査定をなさない以上、右考課査定分については選定者らに具体的な賃金請求権は発生しない旨主張して抗争するのでこの点につき判断する。≪証拠省略≫によれば、右各協定中の考課査定分については、会社が(1)生産貢献度一五点、(2)作業専念度一〇点、(3)精勤度五点、(4)人物品位一〇点、(5)協調度一〇点とする五項目の査定項目により、五〇点満点として各従業員の査定配分額を決定するもので、会社は協定成立と同時に各従業員の査定をなしてその査定配分額を確定し、協定に定める他の自動的機械的に算出された部分に加算した額をその支給日に支給することになっていることが認められる。
右によると、右考課査定分は会社の選定者らに対する個別的な査定によってはじめて具体化するものであるから、右査定がない場合、選定者らが直ちにその平均額を請求しうるとするのは根拠に乏しいものといわなければならない。しかしながら、右各協定が裁量部分である考課査定分を含めて選定者らにその効力を及ぼすものであり、かつ会社は協定に基づき査定をなす権限を取得すると同時に遅くとも協定所定の支給日までには右権限を行使して選定者らに対する配分額を確定する義務があるとすべきであるから、会社が右査定をしない場合には、すべての従業員に一応保障されているとみられる範囲で選定者らはこれを会社に請求することができるとするのが相当である。
≪証拠省略≫によれば、選定者らは、分会結成以前においては会社の各年度における一時金および賃上げの考課査定分について、いずれもその勤務能力、勤務成績により、平均額を支給されてきたこと、ところが、分会結成直後から会社と分会は、会社の分会を誹謗、中傷する文書、分会脱退工作、掲示板の提供、組合員に対する時間外労働拒否その他の不利益取り扱い等をめぐって激しく対立抗争し、係争をつづけているものであること、そして、分会結成後の昭和四四年度年末一時金においては、分会の組合員に対する査定配分額の最高が金三万四、六〇八円、最低が金四、三二八円とほとんどが平均額の金六万七、五〇〇円のほぼ四分の一、また同年度の年末定期昇給においても分会の組合員のほとんどが金二五〇円と査定平均額の金一、〇〇〇円の四分の一と著しく低額であったこと、昭和四五年度夏期一時金および春期賃上げにおいて、分会の組合員一七名を除く会社の吉田労組の組合員および非組合員の従業員に対する査定の結果は五〇点満点中その最低が一五点であったことがそれぞれ疎明される。
右によれば、選定者らは、右一時金および賃上げの考課査定分について、会社が分会を嫌悪していることを査定の対象としない限り、少くとも五〇点満点中一五点の査定を受けることができると推定できるから、右一五点で計算される査定配分額は会社のすべての従業員に保障されているものと考えられる。
なお、申請人は選定者らは会社に対し査定平均額と右査定配分額との差額を債務不履行もしくは不法行為を理由として損害賠償請求をする旨主張するが、仮に選定者らが会社に対し右損害賠償請求権があるとしても、その損害額が当然右差額相当分であることについては疎明が充分でないから、右主張は理由がない。
そして、以上に述べたところと≪証拠省略≫によって疎明される事実に基づき選定者らの前記一時金は別表(七)のとおり計算され、また前記賃上額は別表(八)記載のとおりと計算される。
そうすると、選定者らは被申請人に対し別表(五)記載の金員および別表(六)記載の金員を昭和四五年四月以降毎月二五日限り(賃金支給日が同日であることは弁論の全趣旨によってこれを認める。)それぞれ請求する権利がある。
四、現在のわが国における経済状態のもとでは消費者物価の高騰が先行し、賃金の上昇がその後を追う傾向にあることは顕著な事実である。したがって≪証拠省略≫によって疎明される選定者らの現行賃金額、職種、地位、年令ならびに家族構成等を考慮すると、選定者らが会社より支給を受けている現行賃金のほかに、前記一時金や賃上額の支給を受けることができないときには労働者としての最低限度の生活を維持することも困難な状態に立ち至るおそれのあることが一応認められるのであり、しかも今後とも会社が分会との間に協定が成立していないことを理由として選定者らに右一時金および賃上額の支給を拒み続ける可能性が強いことは被申請人の主張自体によって明らかであるから、右給付につき任意の履行の見込みのない以上、右一時金の即時支払および昇給分の今後の支払を命ずる必要性を肯定するに充分である。
五、よって、申請人の本件仮処分申請は、会社に対し別表(五)、(六)記載の金員の支払を命ずる限度において被保全権利ならびに必要性を認めることができ、これを認容した主文第一項掲記の決定中申請人勝訴部分は相当であるから、これを認可することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条九二条但書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 平井重信)
<以下省略>